先日発売された山内乾史氏の著作『「大学教育と社会」ノートー高等教育論への誘い』(学文社)の中で神戸大学を例にとって大学のローカル化が進行しているという記述がありました。
Contents
著作の要旨
主旨としては全国区の大学は都道府県単位でローカル化が進行しているが、実は同一都道府県内(この場合は兵庫県内)の地域別にみても一定の地域に集中するローカル化が見られるのではないかという仮説の元に兵庫県内の高校を学区別に分けて、サンデー毎日などの雑誌に掲載されている合格者の推移を使って検証したものです。
確かにこの記事では神戸大学の合格者が兵庫県内の一部地域に集中していることが明らかにされています。ただ結論の中で、
「都道府県間のレベルだけではなくて、都道府県内のレベルにおいてもその傾向が確認されるのだとしたら」(p47)
という記載があるように、これは都道府県単位でのローカル化は前提とされていると言えます。ただし、都道府県単位のローカル化についての論拠は明言されておらず、例えば学校基本調査の自県内進学率などの推移などからそのような記載になっていると推測されます。
学校基本調査をもとに検証してみた
果たしてこれは正しいのでしょうか?ということで学校基本調査の数字を元に検証してみることにしました。学校基本調査の数値は基本的には兵庫県内の国立大学(神戸大学と兵庫教育大学。2003年の合併までは神戸商船大学)全体の数字ですが、兵庫教育大学は入学定員が160人と小さいためほぼ神戸大学の入学者とみなせます。ちなみに神戸大学の入学定員は2,530人【2020年度】で、神戸商船大学も現在は神戸大学の一学部だということを考えると過去のデータも同一視しても良いでしょう。
以下の表は兵庫県の国立大学の入学者に占める近畿地方(滋賀県、京都府、大阪府、兵庫県、奈良県、和歌山県)の比率と兵庫県の比率の推移です。5年おきと最新の2019年度分の数字です。山内氏が採録しているのは1996年度と2016年度なのでそれを含む数字にしました(赤のマーカー)。
年度 | 近畿 | 兵庫県 |
1971年度 | 73.7% | 42.1% |
1976年度 | 76.5% | 38.9% |
1981年度 | 79.6% | 34.6% |
1986年度 | 73.3% | 32.7% |
1991年度 | 70.3% | 26.6% |
1996年度 | 70.3% | 28.1% |
2001年度 | 66.7% | 24.4% |
2006年度 | 68.1% | 26.7% |
2011年度 | 68.5% | 25.8% |
2016年度 | 66.7% | 26.0% |
2019年度 | 66.6% | 25.5% |
いかがでしょうか?山内氏の指摘とは逆で、むしろ近畿地方の比率も兵庫県の比率も年々低下していることがわかります。つまり山内氏が危惧するローカル化は起こっておらず、むしろ他の地域から学生が集まる多様化が進んでいるということになります。
実際の状況を俯瞰すると、兵庫県の比率は一貫して低下傾向にあり、近畿地方の比率は1980年前後までは高まっていましたが、その後は一転して低下傾向にあります。つまり兵庫県の比率が高い→近畿地方の比率が高い→全国型に向かうという推移をしていることがわかります。
理由を考察する
東京大学や早稲田大学などが関東ローカル化していることは様々なデータで指摘されています。一方でなぜ神戸大学がローカル化していないのでしょうか?
実は国立大学は私立大学とは逆に全国化が進んでいます。というよりは関東地方からの流入が増加しています。京都大学なども関東からの入学者が増加しています。神戸大学も関東地方からの入学が増えた上、京都大学などから押し出された東海地方や甲信越地方の出身者が神戸大学に入学するようになっています。
では兵庫県の高校生はどこに進学しているのでしょうか?これは山内氏も指摘していますが、岡山大学を中心とした中国地方や四国地方の国立大学への進学が増加しています。そういった意味では兵庫県内で神戸大学(地元の大学)に進学するのが一部の地域にとどまり、他の地域は中四国に進学するようになったという部分は間違いないことかと思います。
それについてはこちらの記事を参照してください。
大学・短大・専門学校の入学者はどう推移したか(兵庫県2019年度版)
いずれにしても神戸大学自体はローカル化していないというのが結論となるというのは間違いないことかと思います。大きな視点でのローカル化を自明のものとしてしまったことに事実誤認の元があるのではないかと思います。
ちなみに学校基本調査の数字を使用して国立大学の都道府県別の入学状況の推移を追うことはできますが、北海道、茨城県、東京都、愛知県、京都府、奈良県、福岡県は国立大学が複数ある上に、他の大学もそこそこの規模があり、一つの大学だけの推移と見なすのは難しいかと思います。また、宮城県、新潟県、静岡県、滋賀県、大阪府、兵庫県(上述)、徳島県、鹿児島県についても複数国立大学があるため正確な数字にはなりませんが府県内の一番大きな大学についての大まかな傾向はつかめると思います。
考慮すべき論点は多い
さらにローカル化については卒業時の合格状況だけではなく、その地域の高校の卒業生数の推移やそれ以前のその地域の中学生(もっといえば小学生)の進学状況を考慮に入れる必要もあると思います。
人口動態の変化とともに都市部に人口が集中する、もしくは都市部の高校に集中する傾向が出ていないか、または兵庫県は私立の中高一貫校も多いため、地元の公立進学校を目指さずにそちらの中高一貫校に進学するようになったという可能性もあります。
それらの点は全く考慮されていないため、この論考については不十分な点が多いと言えます。