大学の学部はどう変遷したのか(1950年代前半)

大学ができたときの学部は?

現在の大学は「新制大学」といわれ1949年に発足しました。そしてなんと学校基本調査には1950年度からどんな学部があったのかの統計が取られています。

そこで新制大学の学部はどういう変遷をたどったのか見ていきたいと思います。今回は1950年代前半(1950年度~1954年度)です。

まずは大学設立当初の学部はどんな感じだったのか見ていきましょう。といっても以下の表にある通りで、全国国公私立大学全て(夜間学部や教養部も1学部と数える)で451学部しかありません。現在(この時点で最新の)2018年では2510学部なので今の5分の1以下です。

学部名 学部数
工学部 53
文学部 50
経済学部 41
学芸学部 37
農学部 31
法学部 26
教育学部 26
商学部 22
理学部 18
薬学部 17
文理学部 15
家政学部 10
理工学部 9
仏教学部 8
医学部 7
商経学部 5
政治経済学部 5
法文学部 5
水産学部 5
外国語学部 4
法経学部 4
政経学部 4
音楽学部 3
繊維学部 3
文経学部 3
教養部 3
経営学部 2
人文学部 2
社会学部 2
体育学部 2
芸術学部 2
美術学部 2
獣医畜産学部 2
工芸学部 2
文家政学部 2
法商学部 2
英文学部 2
文政学部 2
歯学部 1
教養学部 1
神学部 1
獣医学部 1
商船学部 1
園芸学部 1
電気通信学部 1
畜産学部 1
文教育学部 1
鉱山学部 1
水畜産学部 1
法学社会学部 1
理家政学部 1

英文学部や理家政学部など見慣れない学部もありますね。一方で今どこにでもある看護学部などはありません。経営学部も2学部しかありません(正確には神戸大学の昼間の学部と夜間の学部をカウントしているので、実質1学部です)。

当然ですが、カタカナ学部も存在しません。ここからこれらの学部がいつどの大学に登場したのかということを見ていきましょう。

1951年度

学部数482学部(前年比+31学部)

新しく設置された学部:文商学部(西南学院大学)

なくなった学部:法学社会学部(一橋大学)→法学部と社会学部

この年は医学部が大きく増えました。これは旧制大学から新制大学への移行期に当たるためであり、医学部の数自体が増えたわけではありません。

この年西南学院大学は学芸学部を文商学部に変更している。文商学部には神学専攻、英文学専攻、商学専攻が設置されていて、実質的に今後の西南学院大学の学部展開の基礎となっています。

また、一橋大学は法学社会学部を法学部と社会学部に分離しました。上に書いた西南学院大学の文商学部も後に文学部と商学部に分離しますが、設立当初は資源も限られているため、いくつかの分野が合同で学部になっている例が多くみられました。大学の草創期はこれらの学部が分離していくことで増えていきました。なんか進化の過程みたいですね。

学部名 学部数 前年比
総計 482 +31
工学部 55 +2
文学部 52 +2
経済学部 43 +2
学芸学部 36 -1
農学部 30 -1
法学部 26 ±0
教育学部 25 -1
商学部 24 +2
医学部 20 +13
理学部 18 ±0
薬学部 18 +1

1952年度

学部数544学部(前年比+62学部)

新しく設置された学部:社会科学部(南山大学)、農獣医学部(日本大学)

なくなった学部:なし

この年も前年と同じ理由で医学部が増加しています。また、トップ10に入る学部が軒並み増加している。

この年は社会科学部と農獣医学部が新設されています。ですが、社会科学部は現在設置してある早稲田大学ではなく南山大学に設置されたものです。南山大学の社会科学部はそれまでの文学部の中から社会学科、人類学科を独立させる形で設置されましたが、後年再び文学部に戻っています(その際には経済学部が設置されています)。

ちなみに社会科学部で初めて「〇〇科学部」という名称の学部ができました。この「科」の使い方がその後の学部の種類の増加の一因となっています。

農獣医学部は日本大学に設置されましたが、これは東京獣医畜産大学を統合することで設置されました(東京獣医畜産大学の時には獣医畜産学部)。農獣医学部は後に現在の生物資源科学部となります。

学部名 学部数 前年比
総計 544 +62
工学部 60 +5
文学部 60 +8
経済学部 47 +4
医学部 46 +26
学芸学部 36 ±0
農学部 33 +3
教育学部 29 +4
法学部 28 +2
商学部 24 ±0
理学部 21 +3

1953年度

学部数558学部(前年比+14学部)

新しく設置された学部:文芸学部(共立女子大学)

なくなった学部:なし

この年文学部が2学部増加して、同じ数だった工学部の数を追い抜きました。法文学部など融合学部が法学部と文学部に分離していることなどが影響しています。追い抜いたと書きましたが、この2学部はしばらく抜きつ抜かれつの状況になります。

この年には共立女子大学に文芸学部が設置されました。この学部も文字通り、文学部と芸術学部の融合学部です。ただし、後に設置された成城大学、近畿大学とともに、分離することなく現在まで続いています。

学部名 学部数 前年比
総計 558 +14
文学部 62 +2
工学部 60 ±0
経済学部 50 +3
医学部 46 ±0
学芸学部 34 -2
農学部 33 ±0
法学部 30 +2
教育学部 29 ±0
商学部 24 ±0
理学部 21 ±0

1954年度

学部数581学部(前年比+23学部)

新しく設置された学部:なし

なくなった学部:理家政学部(奈良女子大学)、文商学部(西南学院大学)

この年は文学部の設置数が他の学部より多く、工学部を引き離しました。また、経済学部が増加して追随しています。

この年は新たに設置された大学はなく、逆に理家政学部と文商学部がなくなりました。両学部とも融合学部で、理家政学部は理学部と家政学部に、文商学部は文学部と商学部に分離しました。

理家政学部については奈良女子大学となっているが、統計に出てこない大学としてお茶の水女子大学があります。お茶の水女子大学では1949年には理家政学部があり、1950年に理学部と家政学部に分離しています。統計は1950年度からなので数字になった時にはすでに分離していました。

学部名 学部数 前年比
総計 581 +23
文学部 68 +6
工学部 61 +1
経済学部 55 +5
医学部 47 +1
学芸学部 34 ±0
農学部 34 +1
法学部 33 +3
教育学部 29 ±0
商学部 28 +4
理学部 23 +2

大学ができて最初の5年間

大学制度ができて最初の5年間の特徴は以下の通りです。

1.医学部が新制大学として設置され大きく増えた
2.融合学部が分離していった
3.文学部、工学部、経済学部の3強体制が少しずつ形成されてきた

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